第2章『影の巫女の導き』
玲奈と慎吾が九州の山間部にある影の巫女の拠点に到着したのは、夕暮れ時だった。
険しい山道を抜け、木々が鬱蒼と茂る森の奥へと進む。
「…こんなところに本当に人がいるのか?」慎吾が不安げに呟く。
玲奈も少し不安だったが、心のどこかでこの場所に懐かしさを感じていた。
“ここに来たことがある…?”
そんなはずはない。しかし、足を踏み入れるたびに、何かが呼び覚まされる感覚があった。
ふと、森の奥に小さな光が揺れるのが見えた。
焚き火——影の巫女たちの隠れ里だった。
「待っていたわ。」
炎の向こうに立っていたのは、影の巫女のリーダー千草だった。
月明かりに照らされた彼女の瞳は、玲奈をじっと見つめている。
「久しぶりね。」
玲奈は思わず足を止めた。
「…私を待っていた?」
千草は微笑むと、焚き火のそばに座るよう促した。
周囲には、何人もの巫女たちが静かに佇んでいる。
彼女たちの視線はどれも玲奈に向けられていた。
「あなたは、選ばれし者だから。」
玲奈の心臓が跳ねた。
「選ばれし…?」
千草は焚き火を見つめながら言った。
「壱与の生まれ変わり。」
玲奈は息をのんだ。
「…壱与?」
その名を聞いた瞬間、彼女の脳裏に、見たことのない景色が浮かんだ。
それは遠い昔の光景——巫女の装束を纏った少女が、倭の未来のために祈りを捧げている。
「私は…?」
玲奈の中に、何かが目覚めようとしていた。
龍の都とは何か?
「邪馬台国の前、倭にはいくつもの小国が乱立していた。
その中でも、九州の某所には特別な都があった。
そこには、巫女たちが集い、天と地を繋ぐ神事を執り行っていたの。」
千草は、手元にあった古びた竹簡を広げる。
《龍の都、天を映し、龍の血脈を護る》
「これは、中国の古文書にも記録されていた断片。
倭には、天と交信できる巫女がいた。
彼女たちが集まる場所こそが、龍の都。」
「つまり、龍の都は、倭の宗教的な中心地だったってこと?」玲奈が尋ねる。
「そうね。でも、それだけじゃないわ。」
千草は玲奈をじっと見つめる。
「龍の都は、卑弥呼が未来を見た場所でもあるのよ。」
玲奈の心臓が跳ねた。
「卑弥呼が…未来を見た?」
「時の鏡を通じてね。」
玲奈の指先がかすかに震える。
時の鏡——玲奈が巻き込まれたすべての発端。
もしもその鏡が、龍の都に関係しているとしたら——
千草は静かに続けた。
「壱与は、卑弥呼の遺志を継ぎ、倭の未来を見ようとした。
そして、未来のためにある場所へ“何か”を隠した。」
玲奈はごくりと息をのむ。
「それが…卑弥呼の埋蔵金?」
千草は微笑む。
「それを確かめるのは、あなたよ。」
玲奈の頭の中で、何かが繋がり始めていた。
龍の都、時の鏡、卑弥呼の遺志、壱与の選択——
すべての答えは、龍の都にある!
影の巫女の真実
「あなたが壱与の生まれ変わりかどうか、それを確かめる方法がある。」
千草はそう言うと、巫女のひとりに合図を送った。
巫女が布に包まれた古びた竹簡を玲奈の前に差し出す。
「これは、壱与が未来に託したもの。」
玲奈は竹簡を受け取り、そっと開いた。
そこには、古代の文字でこう記されていた。
「時が満ちたとき、影の血を継ぐ者が現れる」
慎吾が隣で眉をひそめる。
「影の血? まるで玲奈が…」
千草が静かにうなずく。
「壱与は、卑弥呼の意志を継ぐ者だった。そして彼女は、未来のために“影の王”の存在を残した。」
玲奈の心臓が強く打つ。
「影の王…?」
千草は焚き火を見つめたまま続ける。
「壱与は、卑弥呼の遺した財宝を守るために、ある場所へ隠した。
その財宝は、ただの金銀ではない。邪馬台国が未来へ託した、倭の運命そのもの。」
玲奈は手のひらに汗をにじませた。
「私が、その財宝を見つける鍵…?」
千草は静かにうなずく。
「もしあなたが本当に影の王の後継者なら、その場所へ導かれるはず。」
慎吾が思わず立ち上がった。
「玲奈が、そんな運命を背負わなきゃいけない理由なんてないだろ?」
千草は慎吾をじっと見つめる。
「なら、試せばいい。」
玲奈は息をのんだ。
「試す…?」
千草はゆっくりと立ち上がると、焚き火の向こうを指差した。
「影の王の試練が眠る場所へ。」
玲奈は千草の言葉の重みに圧倒されながらも、次の言葉を口にした。
「…行くわ。」
その瞬間、焚き火の炎が大きく揺れた。
まるで、運命が動き出したことを告げるかのように——。