第2章:影の巫女の警告
2025年・東京 国立博物館 地下資料室
玲奈は、机の上の古文書をじっと見つめた。
それは、魏の使者・張政が残したとされる「竹簡(ちくかん)」 だった。
「……本物、かもしれない。」
彼女は慎重に手袋をはめ、竹簡を持ち上げた。
長さ20センチほどの細長い木片。滑らかだったであろう表面には、時間の流れを感じさせる無数のひび割れ が走っていた。
竹簡は、紙が発明される前の中国で、最も一般的に使われていた筆記用具 だった。
木や竹を細長く切り、そこに筆で文字を書き、数枚を紐で綴じて巻物のようにして使われた。
「ほら、見てみろ。」慎吾が竹簡を指でなぞる。
「古代の書物のほとんどは紙や絹に書かれたものが多いが、これは魏の時代のものだ。文字の筆跡や使われている漢字の形から見ても、三世紀頃のものと一致する……!」
玲奈は喉が乾くのを感じた。
慎吾の言う通り、この竹簡は魏の時代に作られた可能性が高い。
そして、その内容が魏志倭人伝には記録されなかった「極秘の報告書」 であるなら……?
(つまり、邪馬台国と卑弥呼の「真実」が記されているかもしれない——!)
玲奈は、竹簡の文字を丁寧に読み始めた。
「倭国の女王・卑弥呼へ——」
「魏は、秘宝を授ける。」
「この鏡に宿る力、慎むべし。」
(……鏡?)
玲奈の脳裏に、魏志倭人伝の記述がよぎる。
——卑弥呼は、魏から銅鏡100枚を授けられた。
だが、この竹簡はそれとは違う。
「鏡に宿る力を慎め」 とはどういう意味なのか?
玲奈は慎吾と顔を見合わせた。「慎むべし……つまり、この鏡には“特別な何か”があるってこと?」
慎吾が腕を組む。「ただの儀礼用の鏡じゃないってことか? 何か禁忌に触れる力が秘められてるとか?」
玲奈は竹簡の最後の一文を見つめた。
「白き峰のもと、鏡は眠る。三つの影が導く道を辿れ。」
白き峰……。
「……まさか、富士山?」
慎吾の目が大きく見開かれる。
「富士山と邪馬台国? そんな関係があるのか?」
「でも、魏の使者が記録したものなら、何か意味があるはずよ。」
玲奈がそう言った直後だった。
——パチン。
突然、部屋の照明が消えた。
暗闇の中、静寂が訪れる。
「停電……?」慎吾が呟いた。しかし、玲奈はすぐに異変を感じた。
誰かが来ている——。
足音がする。
玲奈は身を低くし、慎吾も息を殺した。
「それ以上、踏み込んではならない。」
低く冷たい声が、闇の中から響いた。
玲奈は凍りついた。
——暗闇の中に、黒い影が佇んでいる。
黒装束の女 だった。
玲奈の背筋に冷たい汗が流れる。慎吾も言葉を失っていた。
「卑弥呼の秘宝は、人間が手にしてはならぬもの。我々が守る。」
玲奈の心臓が跳ね上がった。
「……あなたは誰?」
黒装束の女は、一歩前に進み出た。
「我らは、影の巫女。 邪馬台国の守護者。」
「その竹簡を渡せ。これは、知るべきではない秘密だ。」
玲奈は、強い意志を込めて竹簡を握りしめた。
「渡せない。」
「お前たちには理解できない。これは、卑弥呼が命を懸けて封印したもの……」
その時だった——。
——バンッ!
突然、地下室の扉が吹き飛ばされた。
黒煙が広がり、新たな影が現れる。
黒いマントをまとった男たちだった。
影の巫女が警戒するように身構えた。
「……貴様ら、また現れたか。」
「鏡の封印を解く鍵は、まだお前たちには分からぬ。」
その言葉に、玲奈は息を飲んだ。
(この人たちも、秘宝を狙っている……!?)
影の巫女 vs. 謎の第三勢力——。
玲奈と慎吾は、完全に巻き込まれていた。